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  • ささやきシト「異譚 マニア・マニエラ幻視録1982」

    キャニオン社長「ああ、どうもいらっしゃい。すいませんお呼びだてして」
    鈴木慶一「ご無沙汰っ、してまーす。うは、社長室は初めてですよ。いいのかな」
    「いやいやお恥ずかしい。それより、ありがたく聴かせていただきました。新作」
    「こっちこそお恥ずかしい。新しい試みばかりでとまどったりなんかして」
    「コンピュータなんでしょ?素晴らしいですなあ。あ、座って座って。わたしが望んだ以上のものを作ってくださった。最先端で、先鋭的な」
    「まあ、なんとか期待に応えたくてですね。ムキになっちゃったかもしれないという。」
    社長、窓のそばへ行き、外を見下ろす。
    「あんな素晴らしいものをねえ。作ってくださるなんてねえ。ぼくが聴いた、最高の日本ロックですよ」
    「うはー、恐縮です。」慶一、社長の目線を追って、「ビル、凄いですね。きれいだし。」
    社長、外を見たまま、慶一に背を向けながら、
    「でしょう? 自社ビルなんです。まさかねー。こんな日が来るなんてね」
    「社長。今日はなにか…その次のアルバムの話で呼ばれたのかな? なんてことをね。考えてきたんですけども」
    「……慶一さん。このビルね。業界でなんて呼ばれてるか知ってます?」
    「さあ。モダン・ミュージック・ビルとか。んなわけない。つまんねこと言っちった」
    「鯛焼きビルっていうんですよ。」
    「え? あ、ああ…」
    社長、ようやくゆっくりと振り向き、歩いて、慶一の向かいに座る。
    「ええ、そうです。その次のアルバムのお話で来ていただいたんです」
    慶一の目を見つめながら、
    「良く聴いて下さい。マニラ・マニエラ、素晴らしいアルバムです。先鋭感、最先端の楽器、コンピュータ。いやいや本質的にそういうことじゃない。
     素晴らしい曲ばかりだ。美しく、胸に迫るし、広い世界が内包されてる。センスの塊だ。時代を引っ張る、屈指の名盤となることでしょう。わたしは満足だ。とても嬉しい。……慶一さん」
    「…ああ、はい。ありがとうございます。
     羽佐間さん、どうか本論を。 
     …嬉しいけど、しかし、って流れになってる感じなのかな、という。」
    「しかし。今この時点で、今このタイミングで、うちからあのアルバムを普通にリリースすることは出来ません」
    「まさか。というか、やっぱり」
    「とお考えでしょうねえ。まさか。はい。」
    「最高のアルバムだ、とおっしゃって下さったじゃないですか」
    「慶一さん、その言葉に嘘はないんですよ」
    社長、突然頭を抱え込む。
    「あー。ちきしょー。頭にくる!」
    「羽佐間さん?いったいどうしたのかな。ですか?」
    社長、キッと顔を上げて。
    「ここから先は、ぼくら二人だけの話です。おそらく永遠にです」
    「墓場まで持ってけばいいんですね?」
    「慶一さん、ヒゲないね」
    「羽佐間さんも剃ってるじゃないですか」
    「ヒゲの時代じゃないよね、今」
    「その話ですか、墓場までって」
    「マニラマニエラの時代だってことです。あれは、普通に宣伝を打って、大々的にリリースすれば、この先、日本ロック全体の代表作として歴史に残るかもしれない。」
    「羽佐間さん、なんか本気みたいに聞こえるけども。いいのかな」
    「問題はね。まさにそこのところなんです」
    「えっと。何言われてるのかちょっと…?」
    「ちょっとね。ぼくらの立場を聞いてね。今話すから。んとね。なにから話すかな。
    慶一さんね。糸井さんとつるんでますよね、ここんとこ。これも大きなポイントです。ビックリハウスを初めとする様々なプロジェクトで、流行り物好きの若者たちに大人気ですよね、糸井さん。いまいちばんカリスマティックな趣がある。一挙手一投足を若者が期待を込めて見守ってるというかね。
    そして慶一さんは糸井さんとタッグを組んで、いろいろ音楽プロジェクトをなさってる。
    その集大成的な趣があると思うんです、マニア・マニエラには。
    だから、キャニオンが一丸となって、本気で売れば、ドッカンと売れる。しかも、おそらく長い期間にわたって。
     ニッポン放送でもかけまくりますよ。ラジオリスナーは敏感ですからね。いま、日本でもっとも素早く動くのは、マニア的なラジオリスナーです。小さな情報も聞き逃さない。ぴあはもちろん、シティロードの読者より速い。だから、これは強い。」
    「いい話だなあ。羽佐間さん、それやろうよー」
    「あ、ちょっとだけ黙って聞いてて。ごめん、酒飲む?…あ、いい?
    えーーっと、そうそう。糸井さん。学生運動の闘士でしたよね。有名な論客として、ぼくらの世代で知らない人はいない。」
    「リタイアしてますよ、糸井は。ぼくらの世代って、羽佐間さんぼくより大先輩じゃないですか」
    「わかってます。慶一さん黙って聞いてってば。オレも困りながら喋ってるんだから、うまく整理して伝えたいんだよ。
    あのアルバムね、糸井さんが一枚噛んでるでしょう。」
    「一曲だけですよ」
    「うん、クレジットはね。でも、全体の視点というか、思想的な立ち位置が、糸井さんの地続きにある。それに基づいて、詩が書かれてて、アルバムも構成されてる」
    「糸井は構成なんかやりませんよ。あれはぼくらムーンライダーズの」
    「わかってるって。慶一さんでしょ。そこがまた問題なんですよ。わかんないかな」
    「わからない」
    「わかるでしょう?」
    「わかりますか?」
    「わかりますよ」
    「わかるでしょうね?…あれ?」
    「共産主義的な歌詞が多すぎるんですよ。このサブカルチャー優位の空白の時代に、共産主義という爆弾を落とそうとしている」
    「馬鹿なこと言わないで下さいよ、そんなのもう10年前に終わってるじゃないですか。これはただのモードですよ。モードの提案。インターナショナルブランド着て、鍬、持ってたら、カッコイイよね、っていう。」
    「慶一。オレを馬鹿にしてんのか? 左側を息を詰めて一緒に走り抜けた者の絆ってもんがあるでしょうよ」
    「ウーン。それ言われちゃかなわない。わかった。」
    「工場からバイエル。理想の光景だよね。もはや語録に近い」
    「偶然なんだよ、煤煙って歌ってたらさ。ふとね。」
    「それこそが、神が降臨するってことでしょうよ。」
    「たしかに天啓だったね、あれは。」
    「労働者が川を渡るんでしょ?」
    「うわあ、ちゃんと聴いてるじゃん」
    「だから、感動したんだって、ほんとに。
    ほかの曲も、多くが共産主義を思わせるよね。」
    「いや、革命ほんとに望んでないから。あくまで、今までなぜか封じられてきた感覚をちょっと出してみたっていうかさ。」
    「最後の、スカーレットの誓い。あれ、ムーンライダーズ流の、インターナショナルでしょ」
    「そこまでバレてるか。あれ、いいでしょ。」
    「いいね。オレもう全部歌詞覚えた。メンバー全員左側?」
    「知らない。ほんとに。でも、右はいないかな。フラットから左まで、って感じじゃない?」
    「ほぼ全員ああいう歌詞かけるんだもんね。理解が深いと思った」
    「それはまあ、世代的にね。避けて通れなかったから」
    「あれはね、ムーンライダーズなりの、赤い本だよ。毛沢東のレッドブック。小さな赤い本。気高く、格調高く、勇気を持って、真実に手を伸ばす」
    「そこまで言ってくれるなら出してよ」
    「オレもそうしたいさ。ただね、慶一。話はね。ここからなんだ。」
    「ここまで前置き? 長すぎるかな」
    「公安が動いてる」
    「……なんで?」
    「資金の流れだよ。新左翼に活動資金が流れてるんじゃないかと、疑われてる」
    「マジか」
    「マジ。マジホン。だからタチ悪い。
    たとえば、マニア・マニエラをリリースする。売れる。新左翼の連中もこぞって聴く。キャニオンは左翼シンパだ、と噂が流れる。売れた収益金から、新左翼に金が流れる。そういうシナリオを、公安側に勝手に書かれてる」
    「キャニオンレコードから裏で流れてる。という疑いを持たれるってこと?」
    「そうなったら、ことはそれだけにとどまらない」
    社長、せわしく立ち上がり、また窓の外を見る。
    「子門真人さんがね、時間契約でいいって言ってくれたからね。たいやき君の歌唱印税を払わなくてすんでる。それで、この自社ビルは立った。子門さんに足向けて寝られないよ。彼が立ててくれたようなもんだ。」
    「足向けないで寝るのはムリでしょ。はは。でも、すごい話だよね。」
    「たしかにな。どうやったって足は向くわな。ま、気持ちだよ、気持ち」
    社長、振り向いて、
    「うん。これは、いかにキャニオンレコードにはヒット曲がないか、という話でもある。あれ1曲だけだ。およげたいやきくん。あれ以外に大ヒットと呼べるようなものはない。中ヒットすらない」
    「ラジオ関連のがなにかあるんじゃないの?」
    「小ヒットならね。でもひょっとすると、スタジオ貸し出しの方が儲かってるかもしれない。はは」
    「じゃそれこそ、マニア・マニエラでどどーんと」
    「慶一~ぃ、オレの話聞いてたあ? 
     つまりね、キャニオンは地盤が脆弱なんだよ。ヒットがない。だから金がない。で、マニア・マニエラ出すとするだろ? 公安に目をつけられるだろ? マニア・マニエラだけで済むと思うのか? 毎日公安がやって来て、帳簿見せろ、次の新曲はどんなんだ、演歌?歌詞見せろ、この演歌歌手、経歴は? こっちの新人は? 社員全員のプロフィール見せろ。警備の人のもな。今出たクルマはどこに行く?早稲田?なぜだ。革マルも早稲田にあるよな?
     そんな延々続く仕打ちに対応したり、耐えたりする体力がないんだよ、キャニオンには。公安とケンカはできない。勝ち目がないんだ」
     女性秘書突然ドアを開ける。
    「子門さん今日ご自宅です。」
    「じゃ、南頭だ。みんなに伝えろ。スタジオやAD室の簡易ベッドも南頭に直すよう伝えて」
    「わかりました。」答えて、秘書去る。
    「……羽佐間さん、まさかほんとに」
    「慶一、他人事じゃないぞ。」
    「南頭にしないとまずいかな?」
    「じゃなくてさ、慶一も公安に確実に目をつけられるってこと。勝手に銀行の出入金とか調べられるし、羽田の実家周りも気をつけろ。怪しいのがわんさか来るぞ」
    「それは……そうなるか」
    「電話もな。気をつけろ。どこにかけたか調べられてる。たぶんもう。新左翼の組織と繋がりがあるんじゃないかってな」
    「まさかそんな…」
    「手はある。次々にでたらめにダイヤル回すといいらしい。向こうもそのうち相手の身元を調べるのがいやになる。糸井さんには公衆電話か会社か。でもぜんぜん連絡とらないとまた疑われるから、そのあたりのさじ加減、うまくな。
     それに最近じゃ、盗聴って技があるらしい。電話の内容を聴けるんだってさ。モニターされるぞ。気をつけろ。仕事の話以外するなよ」
    「くそぉ、ゴミにぶちこめ権力!」
    「…それ。歌詞にするつもりなら、キャニオンではやめてくれよな」
    「わかりました。ていうか、もう、わかった。」
    「ところで慶一。パンタさんと話はしてるか?」
    「いや最近はあんまり。忙しくてさ」
    「ビクターさんはパンタ&HALを終わらせた。」
    「えええ!?」
    「まあね、パンタさん自身は馴れてる。公安との戦いにも。歴戦の勇士だからね。
     甘いラブソングだけのアルバムつくって公安をからかってやる、とか言って、前向きに楽しんでるらしいよ。凄い人だよね」
    「つまり、HALも公安がらみ?」
    「もちろんだ。ビクターさんですら降りるような案件を、キャニオンにできるわけないだろ?会社としての歴史も格も、なにより体力が違う」
    「あ~あ。新作の話が来ないなー、とは思ってたー」
    「要はな、公安が追ってるのは、新左翼へのウラ資金の流れだ。なにもしてないなら、いずれは離れてくだろう。とりあえず、知らんヤツが多い妙な飲み会とか行かないのも大事だぞ。新左翼がファンクラブのフリとかして混じってるかもしれん。」
    「よくわかった。なんか迷惑かけちゃったかな。
     謝るべきですか?オレは」
    「バカ言え。最高の作品だといったろ?そこにはわずかなウソもない。悪いのはオレらの非力さだ。そこにつけこむ公安だ」
    「じゃ。えっと。話戻して、マニア・マニエラはどうなるのかな?」
    「CDって知ってるか?」
    「もちろん。」
    「CDで、200から300枚程度出す。とにかく最小ロットだ」
    「あー?それじゃ誰も聴けないじゃないですか」
    「だからこそ出せるんだよ。プレイヤーなんて、まだみんな持ってない。高いしな。一般が買える価格になるまで、あと5,6年はかかるだろう。あと、カセットブックの話を進めてる。」
    「CD200枚にカセットブック。あー、もう埋もれたも同然だ。」
    「なあ慶一。よく聴け。これはな、時機を見るだけだ。もう一度言うぞ。時機を見るだけ。いずれ必ず一般流通で出す。ムーンライダーズの赤い本を。赤いレコードか。」
    「どうだかな。」
    「いや、約束する。オレの目の黒いうちに、必ず出す。信じろ。
     でだな。すぐに新作に取りかかって欲しい。普通に出せるヤツ。共産主義っぽい曲は一切ダメだ。いかなる疑いも招かないような。でもクオリティは、マニアマニエラの水準をキープしてくれ。それからな。
     …言いにくいんだが。糸井さんには今回ははずれてもらってくれ。」
    「言いたいこと言うなー、羽佐間さん。でもまあ、糸井さんについてはそうなるよな。オレから言いづらいよ。羽佐間さん言ってくれないのかな。」
    「あのねー、オレが慶一にこんなことを話せるのは、慶一がただの左翼シンパで、ウラで活動資金の提供なんてしてないって信じてるからだ。パンタさんや糸井さんは、オレにはわからない。してないことを祈るだけだ。だから近づけない。話すなんてもってのほかだ。オレの身どころかグループ全体が危なくなる。オレは今疑われるわけにはいかないんだよ。本家でも水面下で大きな動きが待っててな」
    「ふうー。わかりました。
     じゃさ、つぎのアルバム、超特急でやります。それから、ジャケットは青いのにするよ。明るい感じのヤツ。
     小さな赤い本じゃなくて、大きな青い空。せめてもの皮肉と抵抗。それでいいかな?」
    「うん、それはいいだろ。歌詞に気をつけてな。ヤバい歌はほかの大きな会社で頼む。そのときは、睨まれてもいいようにプロデューサーをつけとけ。会社も安心する。ていうより、会社側で、つけないと出させないって言うかもな。きみたちはもう危険物だから。でもそれでいい。むしろいい。なにより、いざというとき責任をゴチャゴチャにできる。
     赤いレコードと青いレコードか。……いいな。双子だな。うちで、いつか、遅れてきた双子を並べられるといいな」

    1985年6月、羽佐間氏はキャニオンレコードからフジテレビジョン社長に抜擢。その約半年後。マニア・マニエラのレコードは、赤いスリーブデザインで、ついに一般流通でリリースされた。羽佐間氏がキャニオンレコードを退勤するにあたり、申し送り事項の一つとして、「マニア・マニエラ」の発売準備に即刻取りかかること、と書かれていたとされる。

    *このエピソードは想像可能な範囲外のフィクションです。会話の一言一句についてはすべてフィクションです。万一同姓同名の方が実在されても、まったく無関係な場合が多いか少ないかどちらかだと、眠れない夜に黒いシェパードが囁きます。